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大阪高等裁判所 平成9年(う)320号 判決 1998年3月12日

主文

被告人株式会社Y1の本件控訴を棄却する。

原判決中、被告人Y2に関する部分を破棄する。

被告人Y2を懲役一年六月に処する。

被告人Y2に対し、原審における未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人尾鼻輝次、同石田登良夫連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官佐藤利男作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

論旨は、地方税法中の軽油引取税に関する規定は、一方で、石油製品販売業者が、軽油製造者よりはるかに多い利益を得ているのに、何らの規制も受けておらず、他方、軽油製造者は、納税義務及びこれを免れた場合には処罰を受けることになっており、これは、軽油製造者に一方的に厳しい内容であって、法の下の平等を定めた憲法一四条に違反し無効であるから、同規定を適用した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

そこで調査すると、軽油引取税は、利益の有無や多寡に科せられる税ではなく、消費数量に対して課税される従量税であり、利益に着目して課税される所得税や法人税と同様の前提に立つ所論は失当と思われるが、更に考察すると、同税は、流通過程の特定段階を捉えて課税する流通税に属するものであり、いわゆる引取課税であって、特別徴収義務者が納税義務者から徴収して納入する仕組みになっていて、通常の流通の場合は、特約業者又は元売業者が特別徴収義務者であるが、通常の流通から外れ、特約業者又は元売業者以外の軽油製造者が軽油を製造して譲渡した場合は、その譲渡の段階で課税され、軽油製造者が自ら申告納付することになっているものである。課税の方法をどのような仕組みにするかは立法政策の問題であり、現行軽油引取税の仕組みは、徴税の目的を達するための手続の簡素化、費用の節減、捕捉漏れの防止の観点から見ると、全国に極めて多数存在する販売業者を特定し捕捉することの費用、困難性等にかんがみて、十分効率的かつ合理的である。

その他所論にかんがみ検討しても、軽油引取税に関する規定が、所論の憲法の条項に違反して無効であるとはいえず、論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について

(一)  論旨は、本件で問題となっている軽油は、被告人Y2(以下、「被告人」という)を代表取締役とする被告人株式会社Y1(以下、「被告会社」という)が軽油を製造し、その軽油に軽油以外の炭化水素油である灯油を混和して販売業者に譲渡したものであるところ、このような場合は、地方税法(以下、単に「法」という)七〇〇条の三第四項で、販売業者が納税義務を負うのであって、製造者である被告会社はこれを負わないと解すべきであり、仮に、被告会社が製造者として法七〇〇条の四第一項五号で納税義務を負うとしても、それは、製造、譲渡した軽油の量に限られるべきであって、混和した灯油の量は課税標準に含まれないと解すべきである。しかるに、原判決は、被告会社が製造及び混和した全量を課税標準として、被告人が、被告会社の業務に関し、これに対する税を免れた旨を認定しているが、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがあるというのである。

(二)  そこで調査すると、関係各証拠によれば、被告会社が製造・譲渡した軽油の中には、灯油を混入し、増量した上これを譲渡したものがあること(混入した量は運転作業日報によって算出が可能である。)が認められ、原判決がこれらを合計したものを課税標準量として、被告会社にその納税義務を負わせていることは明らかである。

法七〇〇条の三第四項(原判決のいう「混和課税に関する規定」)は、確かに、「軽油に軽油以外の炭化水素油を混和(中略)して製造された軽油を販売した場合においては(中略)(軽油引取税を)当該石油製品販売業者に課する。」と規定しているが、そのような混和軽油に関する軽油引取税はすべて販売業者が納税義務者であるとしているのではなく、混和軽油についても法七〇〇条の三第一ないし第三項によって軽油引取税の納税義務を負う者がいれば、当然その者が、同条項の定める要件に従って納税義務を負う(したがって、その限度において販売業者の納税義務は発生しない)ものであることは、同条項が、「軽油引取税は前三項に規定する場合のほか(中略)石油製品販売業者に課する。」と規定していること、及びその課税標準が「販売量」であるとしながら、括弧内で、当該販売に係る軽油に既に軽油引取税が課され、又は課されるべき軽油が含まれているときは、当該含まれている軽油に相当する部分の炭化水素油の数量を控除した数量を課税標準とする旨を規定していることから明らかである。

そして、この理は、単に法七〇〇条の三第一項ないし第三項によって納税義務を負う者がいる場合のみならず、次の法七〇〇条の四のみなす課税の規定によって納税義務を負う者がいる場合(本件の場合は、同条一項五号のいわゆる製造課税に関する規定が対象となっている。)も同様であると解するのが相当であるし、このような解釈は、特約業者又は元売業者以外の軽油製造者の課税義務を規定した法七〇〇条の四第一項五号、混和課税を規定した法七〇〇条の三第四項を新たに追加した際の、軽油類似品等の使用による軽油引取税の回避を防止するという立法経過に照らしても当然であるというべきである。したがって、「混和軽油」についてはすべて販売業者に納税義務があり、製造者である被告会社に納税義務がないとする論旨は失当である。

(三)  次に、仮に被告会社が法七〇〇条の四第一項五号(原判決のいう「製造課税に関する規定」)で納税義務を負うとしても、混和した灯油の量は課税標準量に含ませるべきではないとの点について検討すると、確かに、前記のとおり、混和課税に関する規定が、混和軽油に対する引取税の課税標準量について、既に軽油引取税が課され、又は課されるべき軽油の量は控除すべきものとしている点から考えれば、被告会社が負う納税義務の課税標準量に混和した灯油の量を含ませるべきでないという所論には傾聴すべきものがある。

しかし、まず、混和課税に関する規定において控除すべきものとしているのは、混和することについての事前の承認(法七〇〇条の二二の二第一項による道府県知事の承認)を受けている場合であることは、その規定上明らかである。ところが被告会社はそのような承認を受けて混和したものでないから、直ちにこの規定を適用して、混和に用いた灯油に相当する数量を控除すべきものとすることはできない。

一方、被告会社が、製造課税に関する規定に基づいて負担する納税義務の範囲について考えてみると、原判決はこの点につき、被告会社の製造から出荷までの行為を一体のものとして捉え、混和を含めたその全体が「製造」に当たり、譲渡した全量が課税標準量になるとしているわけである。前記のとおり、軽油引取税は、軽油の流通過程の特定段階をとらえて課税する流通税であるから、流通という観点から検討すると、販売業者に対する混和課税は、混和が単純かつ比較的簡単に誰にでもできるため、複雑な流通過程で誰が行ったか特定することが困難な場合があるから、税負担の公平性の観点から、最終的な販売業者に課税することも可能にしたものであり、そもそも誰が行ったかが特定できている製造業者による譲渡前の混和については製造業者に課税し、製造業者が譲渡した後に混和した場合には販売業者に課税するという解釈は、合理的であって容認できるものと思われ、また地方税法及び同法施行に関する取扱についての依命通達(道府県税関係)第一四章第二節第四「混和等の承認を受ける義務等」一七の二の(2)で「元売業者が、その製造所において、石油製品の製造工程の一環として行う混和については、当該混和が石油製品の通常の製造行為であることを考慮し、この場合の混和については、法第七百条の二十二の二第一項の「混和」に該当しないこととして取り扱うものであること。」としている点も参酌するならば、原判決の判断は正当として是認することができる。

所論は、原判決の右判断を論難し、<1>製造課税に関する規定が軽油製造者と並べて規定している軽油輸入者が、本件と同様に灯油を混和した場合は、その輸入と混和を一体の行為として捕らえることはできないはずである。<2>被告会社が、自己の製造した軽油に灯油を混ぜていわゆる混和軽油を製造した行為は、製造課税に関する規定の「消費」に当たるというべきであるところ、かかる消費と製造を一体のものとして捉えるのは誤りであるというのである。

しかし、<1>については、課税前の軽油の価格と灯油の価格差といった経済的観点(灯油を増量剤として使うほどの価格差はない)にかんがみ、また灯油には識別剤が入っていて、無許可で混和した場合には発覚の危険があり、識別剤を除去するためには種々のコストがかかること等を考慮すると、はたして輸入業者が灯油を混和するような事態が現実に起こりうるか疑問はあるが、仮に起こったとしても、混和軽油として課税するか、あるいは輸入から出荷までを一体として捉え、譲渡段階の数量を課税標準として課税することが考えられるが、いずれにしても、本件の「製造・譲渡」の解釈に影響を及ぼすものではない。

<2>について、軽油引取税にいう消費とは、通常の消費のみならず、原料としての消費をも含むものではあるが、軽油としての機能(規格、性状、価値等)をなくすることが必要であると解するのが相当であって、所論のような解釈は採用することはできない。

なお、原判決は、製造課税に関する規定は混和課税に関する規定を補充するもの、すなわち混和課税に関する規定が適用されない場合に限って製造課税に関する規定が適用されるものとして、被告会社の行為が混和行為にあたるかどうかを詳細に検討し、結局混和行為には当たらないとして製造課税に関する規定を適用しているが、両規定の関係をそのように厳格に解する必要はなく、混和軽油についても、他に納税義務を負う者があればその者を納税義務者とすれば足り、その際の課税標準量についても、混和後の全量を「製造・譲渡」したものとみるか、混和する前の軽油のみをそれとみるかを個別に検討・判断し、前者であれば製造課税に関する規定に従い、後者であれば、混和に用いた灯油に相当する数量については混和課税に関する規定に従って販売業者の納税義務を認めれば足るものと解する。そして、被告会社が、混和後の全量を製造・譲渡したものと認定した原判決の判断は、前記のとおり正当であるから、被告会社に対して製造課税に関する規定を適用した原判決は結論において正当である。

以上、要するに、製造課税に関する規定によって納税義務を負う被告会社の課税標準量は譲渡した混和軽油の全量とするのが相当であり、混和に用いた灯油に相当する数量を控除すべきであるとの所論は採用できない。

その他所論にかんがみ、記録を検討しても、原判決に所論の事実誤認ないし法令適用の誤りがあるとはいえず、論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

調査すると、本件は、被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括している被告人が、経理担当者らと共謀の上、被告会社の業務に関して、約一年半にわたって軽油引取税合計五億四九〇〇万円余りをほ脱した事案である。

本件は、ほ脱率が一〇〇パーセントという事案であり、そのうち納税した分は、原判決の時点では、一〇一六万円余りに過ぎない。

犯行の態様は、単に帳簿上の操作をしたというに止まらず、大規模な工場を建設し、組織的、計画的に為された悪質なものである。すなわち、被告人は、過去に本件のような脱税にかかる軽油を仕入れ販売し、あるいは他の業者に同様の軽油を製造させていた経験から、その製造方法などを常日頃から研究し、自ら工場を建設して、重油から脱税可能な軽油を製造しようと企て、平成四年七月から同年末にかけて、資金合計一億三三二万八〇〇〇円を投じて、土地を奈良県御所市内に購入し、工場、貯蔵タンク等を建設し、重油や灯油に含まれている識別剤を除去する過程まで装備し、専属の従業員を雇った上で、本件軽油を製造していたものである。

更に被告人は、被告会社が軽油を製造していることを秘匿するため、工場に架空の「g砿業」という看板を掲げ、消防組合にはマシン油を取り扱う旨の消防法上の虚偽の届け出をし、経理担当者らに帳簿を操作させて、工場にA重油を入れたら直ちにそれを第三者に売上げたように記帳させ、工場から本件軽油を出荷したら、同量の軽油を仕入れて売却したかのように記帳させて、被告会社が軽油を製造していることをひたすら隠蔽し、更に、取引先を架空の会社にしたり、販売代金は現金で決済するようにして証拠書類をできるだけ残さないようにしていたこと、本件で捜索を受けて、脱税が発覚した後も、平成六年一〇月ころから同年末ころまで、残存していた脱税にかかる軽油を販売しただけでなく、土曜日、日曜日の夜間などに秘密裏に製造し、販売していたこと、被告人は、本件が発覚後、従業員らに口止めを指示するなどしていることがそれぞれ認められる。

所論は、(1)被告人ないし被告会社は、前記工場を建設する際、軽油を製造する意図とともに、マシン廃油を精製する意図・目的もあった、(2)被告会社ないし被告人は、ほ脱額をそのまま利得したのではなく、本件軽油が脱税した軽油であることを知りつつ譲り受けた石油製品販売会社がはるかに巨額の利得をしたのに、右販売会社は何ら税法上及び刑法上の責任を問われないのは、不公平、不平等であるというのである。

(1)の点については、前記工場で現実にマシン廃油を精製したことが全くないこと、被告会社の取引先関係者、被告人の娘で被告会社の経理を担当していた共犯者のAや被告会社の番頭格の従業員であったCの捜査段階における各供述調書によれば、被告会社ないし被告人に、マシン廃油を精製する意図・目的がなかったことは明らかであり、被告人自身も、捜査段階で軽油を製造したことを認めて以後は、マシン廃油をも精製する目的があったことを供述した形跡もないことが認められ、これらの点に照らすと、所論は採用することができない。

(2)の点については、被告会社ないし被告人は、発覚した場合は課税されることを当然分かっていながら、その危険を覚悟の上であえて製造し廉価にて販売したことが認められ、いわば自業自得である上、被告会社は、廉価にて軽油を販売したことから約一年半もの長期間販路を確保し、その間相当の利益を、しかも売掛ではなく現金で得ており、原料の重油もその分多く仕入れ、現金で支払っていたことから、仕入先に多少の無理も聞いてもらえる等のメリットがあったことが認められるのである。

更に、販売会社が巨額の利益を得たというのであるが、販売会社も消費者の運送会社から見透かされて大幅に値引きを強いられていた事実も窺われ、必ずしも販売会社に脱税の直接の利益が滞留していたとはいえず、厳しい自由競争社会の中で、所論のような点が必ずしも当てはまるとはいえないのであって、所論の点を量刑上過大に評価することはできない。なお被告人は、原審公判廷において、納税義務の存在そのものを否定していたのである。

そうすると、脱税額に比較すると些少ではあるが、原判決時に前記のとおりの額を納税していること、被告人には罰金前科以外に懲役前科がないこと、六七歳という高齢で、肺気腫に罹患し健康状態が良くないこと等所論指摘の被告会社ないし被告人に有利な諸事情を十分考慮しても、原判決の被告会社に対する量刑(罰金三〇〇〇万円)が重すぎて不当であるとはいえず、また被告人に対して刑の執行を猶予するのが相当な事案ではなく、刑期の点においても、原判決の時を基準とする限りは、原判決の量刑(懲役二年)が重すぎて不当であるとはいえない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、被告人及び被告会社は、資金繰りの苦しい中から更に一六〇〇万円余り納税し、原判決前の納税額と合計すると、二六〇〇万円余りを納税したこと、被告人が当審公判廷において、原審で納税義務そのものを否定するような供述をしたことの誤りを認め、脱税の犯意も認めていること、今後とも分割して本件脱税にかかる税を納めていく旨述べていること、本件軽油を製造した工場が火災で使用不能になった後、正式に設備廃止届けを出したこと等が認められる。これらの事情に前記の被告会社及び被告人に有利な事情を併せ考慮すると、原判決の量刑は、被告会社については、なお重すぎて不当であるとはいえないが、被告人については、刑の執行を猶予するのは相当ではないものの、刑期をそのまま維持するのは酷に失するものと考えられる。

そこで、被告会社については、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、被告人については、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条ただし書により更に判決することとし、原判決の認定した事実にその挙示する各法条(刑種選択、罪数処理を含む。)を適用し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中四〇日を右刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

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